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アッカド王国の興亡

 

真の王 アッカドサルゴン 

紀元前4000年前からメソポタミアでは諸都市が出来上がってくるのであるが、

地形的な影響もあり、メソポタミアを統一することは非常に困難でした。

ある街に女神官がいました。実際は子供を産んではいけないとされた女神官でしたが、子供をみごもってしまいます。

仕方なく、彼女はユーフラテス川に籠と一緒に子供を流してしまいます。本来生まれてきてはいけないこの子供は「神明裁判」で吉がでたために人生が好転したとされています。そのあとアッキとよばれる庭師に拾われのち、キシュ市ウルザババ王の酒杯官となり、やがて王権を奪い取ることに成功する。

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人類最古の文明メソポタミア~文明の始まり~

 

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 灌漑農業のはじまり

我々祖先は世界へと散っていった。

やがて彼らは狩猟経済から農業経済へと変化を遂げていく(ドメスティケーション)。農業を覚えた彼らというのは、もう狩場を変えるためにわざわざ移動する必要がなくなっていくのである。

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人類の誕生の幕開け

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今日、私達人類はたくさんの問題を抱えています。

戦争、テロ、飢餓など上げればきりがありません。

どうもこういった問題は日本に住んでいると対岸の火事のように聞こえてしまうのは僕だけでしょうか。

おそらく、多くの人がそのように思っているはずです。

と同時に思うのは人類ていうのはつまるところ同じ祖先のはずなのになって思うわけです。

 

人類はどこから誕生したのだろうか?

 

アフリカである

我々の祖先の分布を見てみよう。

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現代では砂漠のイメージがあるこの大陸は紀元前500〜700年前では動物があふれていたといいます。多くの人々中学高校で人類最古の祖先はアウストラロピテクスと学んだはずであるが一説では現在は、チァド北部で見つかったトゥーマン猿人だとされています。

さて、彼らはなぜ人類の祖先とみなされたのだろうか?

 

人類の定義とは

  • 直立二足歩行ができること。
  • 道具・火を用いることができること
  • 言語を使用できること

これらこそが動物と人間に一線を画くことになるわけである。

猿人

最古の人類とされているのがこの猿人です。

 彼らはさらに20~30人のホルドという群れを作り、打製石器の中でも簡単な礫石器を用いたこのように道具の中でも打製石器を用いる時代を旧石器時代という。彼らは170万年前ごろから出アフリカを行います。その理由は定かではありません。しかしこの全世界に広がった猿人は姿を原人へと変えていきます

原人

約180万年前頃、原人が登場します。有名な原人を上げると、ジャワ原人中国周口店の北京原人とされています。彼らは、握り斧(ハンドアックス)、より鋭い打製石器を使いこなしていました。中でも北京原人火を使ったことで有名です。彼らは火を使い、仕留めたマンモスでも食べていたのでしょう。

旧人(ホモエレクトゥス)

およそ約20万年前ごろ(更新世後期)旧人が出現します。有名なドイツのネアンデルタール渓谷から由来するネアンデルタール人です。彼ら剥片石器を使用したとされています。さらに、死者の埋葬など宗教的行為を行ったことが証明されています。

 

しかしここまで紹介してきた原人旧人は絶滅をしてしまいます。(後述する理由は一説によるとトバ火山の噴火による寒冷化ではないかとされています。)

新人(ホモ・サピエンス

さぁ遂に現在人の祖先である新人(ホモ・サピエンス)が登場します。ホモサピエンスとは知能を持った人という意味で捉えられています彼らは剝片石器ははもちろん、骨角器など槍・銛なども使用しました。

そして、彼らの食料はメガファウナという大型動物であったといいます。

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こんなおっきなステーキを彼らは食べながら、彼らは必死に命を繋いでいきます。

 

しかし、アフリカの外を知らない彼らはいったいどういう理由で世界へ広がっていったのでしょうか?

第一回 出アフリカ~われらの祖先のグレートジャーニー

14年前頃、

アフリカは乾燥状態になり、今までの生活が苦しくなっていきます。メガファウナはそういった環境下で個体数を減らしていきます。この状況は9万年前頃まで続いて、乾燥状態は砂漠化へと悪化していくのでした。

一方アラビア半島では、14万年前頃から降水量が激増していきます。現代では中東、アラビアというと乾燥地帯砂漠地帯のイメージがありますが、この当時は異常な降水量で砂漠地帯が縮小されていたとされています。この状況には我々の祖先はどのような行動に移ると思いますか?そう、なんとか生物の豊富な地域へと足をすすめていきます。我々の祖先はナイル川を渡り、レウァンナ地方へと足をふみいれていきました。しかし、実はこの集団はこの地域で消滅をしてしまいました。おそらくは、レウァンナの上から来たネアンデルタール人に吸収されたのではないかとされています。

一回目のホモサピエンスのグレートジャーニーは失敗に終わったと言っても過言ではないでしょう。

 

第二回目出アフリカ~生命の危機~

アフリカのに残った他のグループはどうだったんでしょうか?

7万年前頃である。アフリカとは遠いスマトラ島にあるトバ火山は噴火を起こし、世界は火山灰に包まれ、平均気温は5度も減少してしまいます。(トバ・カスタロフ理論)これは人類が遭遇した最大規模での災害とされ、地球が最終氷期に突入するきっかけになるのです。人類はこの危機に直面し、世界の人口は一万まで減少していきました。原人そして旧人はこれが原因で滅んでしまいました。この時、我ら祖先ホモ・サピエンスはなんとしてもこの困難な状況を凌ぐため、生きるために遺伝的な変化が起こり、ごくひと握りが生き残って困難な自然環境でも生きていける力を手に入れたとされています。人間はこのときの氷期を乗り切るために、衣服というもの着るようになったとされています。これが彼らの二回目のグレート・ジャーニーになるのです。彼らは紅海を経てアラビア半島に到達していったとされています。現在は30kmほどあるバーブ・エル・マンデル海峡が、当時はより幅は狭かったとされています。

 一行はそのままペルシャ湾を渡り切り、現在のイランにあるアルサンジャンという地域に到達します。ここに我々の祖先の足跡が残っています。ここの洞窟で、湧き水を利用した水飲み場を設置したりと、動物の骨、石器類が発掘されています。ここでの生活を経て私たちは、ヨーロッパ、東南アジア、アメリカ大陸へと足を進めていったのでしょう。そして彼らは南フランスのクロマニュン人、中国の周口店上洞人、北イタリアのグリマルディ人へとなっていきます。また。彼らの痕跡はスペインで有名なアルタミラ、フランスラスコーで彼らの洞窟壁画が見つかっています。また、女性の裸像などが見つかっており、多産や狩猟の成功を願ったとされています。

一万年ほど前に更新世が終わり、完新世という温かい時代を迎えます。この温暖化は人口の増加だけでなく、生物の多様化が進み、地球は生命の住みやすい場所へと変わっていきます。もちろん、人類の技術も進歩していき、細石器が生まれ、弓矢岩絵が普及していく石器時代に入っていきます。

気候というのは非常に人類繁栄を左右するものであることがわかりますね。

 

そして人類は

 

「文明」

という新たなステップを踏んでいきます。